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category: 身体エッセイ  1/29

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腕とはどこからどこまでをいうのだろう。肩甲骨や手指も含み、体の器官というよりは、なにか「ひとまとまり」をさす言葉だ。私は腕という言葉にロマンを感じる。踊りにおいて、腕は翼である、と私は思っている。鳥が翼を広げる時の、あのおおらかな快楽。天からの贈り物であるかのような、寸分の狂いもないダイナミックな動き。重力との厳密な関係から生み出され、肩甲骨の付け根から、ぐわんと立体的に展開される、めまいのするよ...

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眼の話

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珍しくブログ書きます。他愛のない話です。私は道を歩いている時に、よく意識状態を様々にチェンジする。意識状態を切り替えることによって、ものの見え方が変わるのを楽しむわけだ。例えば背後に意識を置くと視界が広くなり、眼の両脇方向まで見えて、体が軽くなって自由感がある。急に肩の力が抜ける。視界が明るくなる。空間全体を意識すると、世界が四角い平面から球面になる。(これはちょっとセザンヌの「大水浴」の図に似て...

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 純粋感情

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存在は腰に。天地は背骨に。感情は胸に。宿る。そんなことを思った。ボデイワーク、武術、スポーツと、踊りとは、何か違うのかと時折考える。いろんな言い方ができるだろうけど、ここでは、「踊りには胸が必要だ」と考えてみる。武術やスポーツの場合いちおう「感情」は必要ないし、ないほうがいいとさえ言える。モチベーションの部分では必要だけど、実践の最中は必要ない。人間的な感情などなく冷徹であるほうがいい。武術でもボ...

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野辺送り

身体は土地ともにあるのは当たり前だけど、普段はそれを忘れている。民俗芸能が土地と切り離せないかたちで今も行われ、夜に火を焚くなどして、華美な装束を身につけて、プロではないふだんは別の生業についている、そこいらの誰それさん達が、歌い踊り、酒を飲み。自分の人生をそこで燃やす。というようなあり方が羨ましい。賑やかなものや野卑なものや神秘的なものや美しいものなどがあり。自分たちが日々生きている土地の中で行...

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床と翼

床=大地を実感したいと思いつづけてきた。踊り手にとって床が大切なのは言うまでもなく、今まででもそれなりに重要性は感じてきた。いちにち24時間、足の裏と床の接面を意識している。それでも何かが足りないとも思ってきた。大地と身体のかかわりの、その深いありように届いていないという思い。言葉と実感のあいだにあるズレが気になっていた。こんなものじゃないはずだ。届いていない、と。もっといきいきとした、「これだ」と...

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