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archive: 2010年11月  1/1

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荒川修作さんの足の裏

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「人間は死なない」と言った荒川修作さんが設計した三鷹の「三鷹天命反転住宅」に、実際住んでいる人の感想が新聞に出ていた。 この家はふつうの住宅と違って床が傾いていたり凸凹していたりドアや仕切りがないのだそうだ。余白もあるらしい。 その感想がおもしろかったです。 実際に住んでみると、どんどん体調が良くなったって。 例えば、床が傾いているから、名前もついてないようなインナーマッスルを使うことになり、体が内側...

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粘菌ダンス・アメーバダンス

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床にころがって床に身をゆだねる、という稽古を私は重視している。 こういう稽古はダンスのワークショップや心理系(?)セラピーのセミナーなどでよく行われているらしい(人から聞いた話)。 やり方も色々あるようだ。 トランスパーソナル心理学(今でもあるのかな?) では、この方法と呼吸法をあわせて胎児や前世への回帰なども行うみたいです。 私の場合、床稽古は何種類かある。 リラクゼーションや脱力をめざすもの、重力を身体に具...

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天からひっぱられた

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昨日の公園での外稽古で。 空が高くて夕焼けがきれいだった。空を見ていたら吸い込まれるようだった。意識がす~っと薄れていった。 そしたら体が動くわ動くわ まるで体がひょいと持ち上げられたかのように いくらでも動く。気持よくて止まらない。全身の動きについて行こうと、足は懸命に(へたくそな)ステップを踏む。ときどき足がもつれてころびそうになるけど、天が体をひっぱっているので微妙にころばない  しまいには完全...

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顔を消す 関節を消す 重力を消す

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踊りはじめた頃、何をどう踊るのか全くわからなくて試行錯誤した。 その頃つよく望んだのは、「顔を消す、関節を消す、重力を消す」ということだった。 お題目のようにそれを唱えていたっけ。 この踊りはおどっている時、顔が変わることがある。 「あれっ、この人誰 ? と思った。見たことのない人になった」と私も言われたことがある。 「最上さんのあの顔、なんですか~? 意味がわかんない」とか。 「一体どこを見てるんですか...

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感情鈍磨

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私は長いあいだ読書にも映画鑑賞にも舞台にも興味が持てないでいる。 あまりにも無関心なので、たまに「私って傲慢 ?」という気持になる。 きっと面白いものもあるのに、見る前からわかっている、みたいな態度はさすがにどうかと思う。 たまには見に行かなくちゃと謙虚な気持になり、見に行ってもたいていは無感動でトボトボ帰宅することになり、そういうことが重なり結局また足が遠のく。 一体なぜそうなるのか気になっていた。 ...

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透明な身体が分離していた

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いつだったか稽古で、床にころがっている状態から立ちあがる、っていうのをしていた時。 四つん這いになって、さて両手を床から離そうとしていた時、 自分の体の中から透明な体が分離して立ちあがり、四つん這いになっていた体を見下ろしていた。 幽体離脱に近い感じなのかな・・・ そういうことは滅多に起こらないのだけど、そのとき思ったのは、 分離した透明な体のほうが主体で、フィジカルな体を動かしているみたいだってこと。 ...

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縦書きと横書き

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バソコンではふつう横書きする。でも日本の書籍は相変わらず縦書き。 これってたいした問題ではないのか、それともかなり重要な意味があるのか。 私は今はもう横書き思考になっていて、手書きで縦書きだとものが考えられない。 でも読書する時は縦書きのものを読む。西洋哲学のようなものでも。 そのことに矛盾も不自由も感じない。 昨日会った人が「縦書きと横書きでは思考が異なる」と言っていた。 彼はネット上で縦書きのサイト...

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ワイン会で一曲踊ります♪

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だいぶ先ですが、来年3月13日(日) ワインアドバイザーでベネンシアドーラである星野美恵さんのワイン会があります。ベネンシアとは、シェリー酒を長い柄杓 のようなものでグラスに注ぐ、スペイン発祥のかっこいいパフォーマンスであります。ベネンシアドールとはその技をする職人さんのことです (ベネンシアドーラはその女性形で、星野さんはスペイン国王が来日した際に国王にシェリーを注ぐ栄誉を得ました)こうすることでシェリ...

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コトバとカラダ

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踊りをはじめるまで私はコトバ人間だった。 本を読んでばかりいた。特に詩と一部の哲学が好きだった。 つまりストーリー性とかより言葉の力それ自体が好きだったのだ。 踊りというのはコトバ世界に例えると詩にちかい。 俳句的だったり現代詩だったり人によって違う。 なかには長編小説みたいなものもなくはない。 言葉人間だったが、いつも自分は生きることの半分しかしていないような気がしていた。 カラダが丈夫でなかったので...

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