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archive: 2013年07月  1/1

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大地の垂直化

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これは、ものの考え方の根本であると同時に、稽古法のひとつでもあります。床稽古の一種です。この稽古法のヒントになったのは、大野一雄さんの稽古についてのちょっとした言葉でした。大野さんは床に倒れ込む稽古の時に、床を平板なひとつのひろがりとして捉えるのでなく、床を「切り裂いていくような垂直性において捉えようとした」ということです。私はこれを読んで驚きました。そんなふうに床をとらえようとする人が他にいるだ...

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アニマルコミュニケーション

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以前TVで、動物と話ができる専門家であるアニマルコミュニケーターが、動物と話をしているのを見てから、アニマルコミュニケーションに興味を持った。TVを見たときは感動して涙が出た。私はもともと動物好き。その後、アニマルコミュニケーションが一般の人にもかなり広まってきているのを知った。訓練をすれば誰でもできるようになるらしい。動物を飼っている (飼うって、いい言葉じゃないけど) 人は誰でもペットとの心の通い合い...

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ダークマターとしての身体

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前に「身体は表現(だけではないが)におけるマトリックスだ」と書いたけれど、それと共通するけど、今度は、「身体はダークマターのようなもの」という思いつきを書いてみたい。ダークマターというのは宇宙物理学における比較的新しい仮説だ。Wikipedia をひくと 暗黒物質(あんこくぶっしつ、dark matter )とは、宇宙にある星間物質のうち電磁相互作用をせずかつ色電荷を持たない、光学的には観測できないとされる仮説上の物質...

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グチ

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私はこうしてブログでしつこく身体について書いてきているけど、いつかはこれも終わりにする日が来るんじゃないかと思う。身体というのはナマモノなのでコピーできない。だからごくわずかの人にしか自分のやっていることを伝えられない。ナマモノなので公演の時にいい踊りができるわけでもない。どんなにがんばっても出来ないものは出来ない。やってみればすぐにわかることだけど、商業主義とちがって、年に1回も公演できない舞踏...

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マトリックスとしての身体

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文章を書く仕事をしている人に、私がなぜ舞踏をすることになったのかについて話したことがあります。「以前は文学少女で言葉が大好きだったけど、舞踏と接してからは身体の深さを知って、言葉よりもこっちのほうが大事だと思った」と言ったところ、その人が突然怒りだした。「あなたは私の文章の仕事より、自分のやっていることのほうが上だと言うのか」と。これにはまいりました。そんなつもりはなかったけど、確かにその頃の私に...

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日常動作と身体表現

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すべての日常動作は所作になり得る、と考えています。それは身体にとって人間にとっての、基本に立ち返るということです。振り付けのない内発の舞踏というものに取り組んで、最初わたしは何をどう動けばいいのか、皆目わからなかった。何から始めればいいのか ?闇の中で手さぐりした。あるいは太平洋のまんなかで、羅針盤もなく、どちらへ漕ぎだせばいいのか ?どちらが北でどちらが南なのか ?どちらに行けば岸にたどりつくのか...

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踊りの実感

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ずいぶんとブログで身体について書いてきましたが、踊り手の実感についてはまとまったことを書いてこなかったと気がつきました。最近、かなり遠方から稽古に来たいという人が現れて、その人たちに失望や迷惑をかけないように(せっかく遠くから来たのに期待外れ・・・ とか)、この踊りの特徴について書いておきたいのです。人間はどうしても自分のやっていることが当たり前になってしまって、やっていない人に伝えるのが下手です。私...

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翼は一生かけて育てるもの

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翼は一生かけて育てるもの、翼は身体で育てるもの(心や精神ではなく)これが今回のテーマです。たいして根拠もないのにもっともらしく流布している価値観てのがある。翼に関する考えもそれだ。以前、人間の一生はオルガスムのような山型カーブだと考えられていることへの違和感について書いた。それと同じくらい違和感があるのは、「人間は子供の頃や若い頃は翼があるけど、オトナになると俗にまみれて翼がなくなる」という価値観だ...

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自己否定という病

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自己否定という思考傾向はたいていの人にあるようです。これ、意外に気づかれていないけど、万人共通なところがある。ちょっと失敗するとやたらに自分を責めるとか、自分なんか能力がないからこの程度の人生でいい、とか。煩悩が多くてダメな私とか。一見謙虚にもみえるんだけど、実はすごく根深い病だと思います。うろ覚えだけど、ニーチェは人間の深い病として「良心の呵責」と「自己否定」をあげていた(記憶違いだったらごめん...

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