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archive: 2013年09月  1/1

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<身体という文化>の創造

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身体というものがあることは誰でも知っている。でもそれは、健康とか美容とかセラピーとか身体運用法とか哲学における身体論とか、身体の限定された側面だ。身体の内側とか、身体の可能性とか、身体が知恵の集合体であるとか、身体がかかえている無意識の問題とか、人は身体をもってこれからどう生きようとするのか死のうとするのか、そういった側面の具体性は知られていない。しかもそれを表現の問題としてとらえようとするものは...

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トランスについて

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以前にもトランスについて書いたことがある。また思いついたことがあるので再び書いてみる。私のやっている舞踏は軽いトランス状態を基本にしている。瞑想状態とか夢遊病的とか、言い方はいろいろある。私はトランスというのは大切だと思っている。それは近代化以降、急速に人間の文化から失われたものであり、人間はその生存のなかにトランスというか、意識化できない領域がなくては、やっていけないものだと思うからだ。無意識領...

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花をささげる

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先日、神戸在住で稽古にはじめて参加した人がいる。仮にFさんとしておきます。私の住まいは千葉県なので、相当の遠路での参加ということになる。私はおおいに恐縮して、自分の稽古にそんな値打ちがあるかしらと謙遜したくなった。「花を捧げる」という稽古をした。これは私がいつも言っている「人間の情動の基本型に内実を与える」という稽古だ。単純な行為だけど、単純であればあるほど、その行為の内部を充たすのは難しい。日常...

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私が考える舞踏とは

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思えばこうして書いてきたブログは、私の「自分探しの旅」だったな。漠然とした渇望に徐々に輪郭ができてきたのは、よろよろしながらも書いてきたおかげ。自分のやっている身体表現と他の身体表現との違い、他のジャンルの表現との違い、それがよく掴めなくて、ずいぶん右往左往してきた。ひとりでのたうちまわり、ささやかだけど稽古場をやってきたおかげもあって、少しづつわかってきたぞ~今までにも何回か書いてきたけど、他の...

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衣裳について ①

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私は舞踏をやっている人間のなかで、衣裳にとてもこだわるほうだ。踊りをはじめた頃は、こんなに衣裳に手こずるとは思っていなかった。日常の延長のような、簡単な衣裳を着て踊っている人を見ると(嫌味でなく)、羨ましくてならない。公演をする時は、衣裳制作にかなりのエネルギーを使い、そのために肝腎の踊りの稽古ができなくなることさえあった。その苦痛たるや、経験しないとわからないと思うよ。踊りの稽古をしなくてはならな...

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