31 2015

11月8日舞踏の稽古あります

11月8日(日)13:00〜16:00 例によって私の家で舞踏の稽古をします。興味ある方、ぜひおいでください。

私の家が交通の便の悪いこともあって、稽古は月一回だったのですが、これではとうてい身体意識を深めるのは難しい。でも現実問題としてそれが私の限界でありました。ここに来て「もっと稽古回数を増やしい欲しい」という声がチラホラと出てきまして、来年から、せめて月2回まではこぎつけたいと思います。一回は私の家で、一回は少しは交通の便がよく、今よりは広い場所を借りて。そのためには生徒さんも尽力して欲しいのです。私はとにかく歳をとり、欲がなくなってきたので、稽古も現状維持でもいいと怠け心を出しています。稽古場の発展は私の力ではなく、生徒さんの力で成り立っていくものと思います。エラそうにすみませんが。

欲がなくなったというのはホントで、もともと公演をしたいとか、お客さんの拍手が生きがいとか、そういう思いが希薄で、ぶっちゃけ、なるようになれ的な心持ちの今日この頃でした。ただ踊りが好きで、死ぬまで踊りを続けたいというだけのことでした。が、最近、稽古に来ている生徒さんに「最上さんに踊って欲しい。場所は僕が用意します」とか、言ってくれる人があらわれ、そうすると欲のない私にも、まだ欲のカケラが残っていたらしく、「よし、やるか」的な心情になるのが意外です。

そんなこんなです。もしもっと交通の便がよいところで稽古する日が来たら、今まで「遠い」ために二の足を踏んでいた人も、ぜひ参加してみて下さい。つまらなかったらすぐやめていいです。私の稽古は参加自由、出入り自由です。ただ私の提唱している「原初舞踏」を深めたい人はたくさん参加すればいいです。身体は一日にしてならず、ショートカットはありませんので。

ちなみに「原初舞踏」とは、ヲシテ文献研究家の青木純雄さんが命名して下さいました。今まで幻想舞踏と名乗っていたのは、他にいい言葉がみつからなかった苦し紛れでした。原初舞踏という言葉は私の心を掴みました。ちょっと荷が重いというか、責任を感じる、言霊の震えを感じるものです。この言葉に導かれて、生きているあいだは、もう少しがんばってみようと思います。大野一雄さんほど偉大でないことはもちろん、大野さんほど長生きもしないでしょうが、生徒さんに支えられて、今しばらくは踊れそうです。

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