21 2015

いよいよ箱根

明日はいよいよ箱根巡礼。
23日のお天気に不安はあるけど、決行することにしました。
箱根のお山の神様よろしくお願いいたします。

物語や神話を書物や舞台や映画で見るだけでなく、
現実に自分たちが生きることは出来ないものか、と思い続けてきた。
そんなことは途方もないことで、
物語や叙事詩ってのはフィクションの世界にしかないんだよ、
と言う声に囲まれながら、自分の夢みる性癖を呪った。

物語・叙事詩はその発生において、決して絵空事ではなかっただろう。
それは部族の死活問題であり、
人は物語をつくることでみずからを世界の中に定位してきた。
そうでなければ人は無形という虚無に飲み込まれてしまうからだ。

同じように私はいつも危機を生きていた。
物語や神話をみずから生きるのでなければ、
いくらカウンセリングを受けても、アイデンティティなんかありゃしない。

そんなこんなでいつの間にか老人になっていた。
見果てぬ夢で一生終わるのも悪くない、
これはこれで私の人生。
そうも思っていた。

内的な旅は人の目に見えない。
表現者でありながら、舞台もやらないで、闇の中を歩き続けて、
私は社会から消えた。

今この巡礼の旅。
もしかしたら何ものでもないかもしれないが、
少しの悔いも曇りもなく、しかも同伴者も得て、

     
    歩き続ける


いにしえの人々の足跡をたどることは、
原初を求める人間の、昔からある営為だ。
神話の人物になぞらえて、人はみずからを神話の中に投じた。
それは演劇の発祥であり、儀礼の本質である。

なぜなら私達は、過去の人物とも未来の人物とも区別はないからだ。
こうして私たちは集合的な生命体となる。

0 Comments

Leave a comment