13 2017

私の身体史の反響について

「私の身体史」を電子出版してから2か月がたった。
出版した当初は50部くらいは売れるかな、と思っていたところを、
100部は越えたので、まぁ良かったなと思う。
メジャーの書籍出版に較べたら微々たるものだけど、
少なくとも100人以上の人が読んだのだから嬉しい。
出版しなければゼロだ。

本というひとつのまとまった形あるものを世に出す
(と言うとおおげさだけど)ことは意味があるなと実感している。
もともとリアルにつき合いのある人や、ネット上だけのつき合いの人などから、
ずいぶん感想を聞かせてもらった。
本人に向かって悪口を言う人はいないとは言え、とても評判がいい。
こんな人生があるのか、という驚きを口にする人が多い。
ふだんつき合っていても、人間の中身というのは見えないものだから。
なかには、もっと具体的に細部まで書き込んで膨らませれば、
ベストセラーになると思う、と言う人もいた(笑)
20代の若い人から年配の人まで、ほとんどの人が読んだ興奮を口にしていた。
多くの若い人にぜひ読ませてあげたいと言う人もいた。
自分の体験に普遍性があることを知って、おおいに自信になった。

ひとつとてもいい内容のレビューをここで紹介したい。
書いてくれた人とは面識はなく、ネット上での付き合いだけ。
難病をかかえていて身体にはとても敏感であり、
読書家で言語世界にも精通しているので、驚くほど的確な内容だ。
私の体験の本質とみごとに呼応している。

 → 最上和子『私の身体史』私の身体を語るということ/私の苦痛を語るということ/私の死と神を語るというこ

私は自分の個人史が、どこか聖杯伝説などの、
叙事詩的神話的な世界に似ていると感じていた。
それは私が無意識に、自分の体験を物語的に編集したということもあるだろうけど、
(個人史とは編集作業にほかならない)
それよりも、
生の本質的体験はどこか神話や叙事詩という地点に至るものだ、
というのが正確なところだろう。
元型が立ち現われてくるのだと思う。

また私が自分の個人史をふつうに「人生」「メンタル」として捉えず、
なぜか「身体」としてとらえざるをえなかった事情についても、
このレビューを読んで、あらためて再認識できた。
個人史を身体史として語る、という今日的な意味合いを、
多くの人に受け止めてもらえたと実感できた。
この出版が私に与えてくれた手応えはとても大きかった。
もっと売れて欲しいものだ(*´σー`)エヘヘ

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