13 2017

土地の霊 時代の霊

今はじめて触れる問題ではなく、繰り返し語ってきたことだけど。

踊り( と言うより舞かな)とは、土地の霊が立ち上がる姿なんだなとつくづく思う。
こんな当たり前のことが顧みられなくなっているわけだけど。

身体は土地の上に立っているわけだから、土地とは臍の緒でつながれている。
それは胎内で母親と臍の緒でつながっている時間よりずっと長く、
死ぬまでつながっているわけだ。
それなのに現代人は自分ひとりで、抽象的に立っていると思っている。
あるいは舞台という限定された場所の内部でのみ、身体を成り立たせている。

舞踊に関して今まで色んな事をあれこれと考えて来たけど、
今は単純な地平にたどり着いた。
舞をするとは土地の霊になること、時代の霊になることだと。
私たちはひとつの時代に運命として居合わせている。
たまたま居合わせた土地(場所)と時代に。
だから。

  ここがロードス島だ。ここで踊れ。

私にあるのは、もはや目的地すら判然としなくなった、
ただ歩き続けるこの体だけ。
すでに亡霊となった体があるだけだ。
行為の答えはないし、社会性への具体的方法もなく。
歩くことそれ自体があるだけか。

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