13 2017

若い女性は

私の稽古に参加する人で若い女性は、まずいない。
ふつう踊りの稽古場って参加者は女性が多いけど、私のところは男性が多い。
男性の年齢層は若い人から年配の人までいろいろ。
だけど女性の参加者はだいたい40才くらい以降がほとんど。

この話を、舞踏ではないが、ある身体関係の稽古場をしている人にしたら、
「私のところも同じです。若い女性は来ない。男性は若い人も来るのに」
と言う。
どうやら普遍的な現象らしい。
ふつうのダンス教室なら若い女性は多いだろうけど。
身体そのものに取り組もうとするところには、若い女性はいない模様。

これは面白い現象だな。
男性のほうが女性より、身体に対する危機意識が強いらしい。
それは男性は、自分の身体が評価されることが少ないことと関係ありそう。
男の身体なんて味気なくて評価に値しないらしい。
男の身体なんて、ただ働くだけの、経済効率だけの、評価しかされない。

若い女性というのは、私のような者でも経験あるけど、
ただ体が若いというだけで無条件に存在を評価される、特別な存在だ。
男性はその若い女性を手に入れる力量を問われたりする。
男性は女性より社会性が強く、身体を排除して生きざるを得ないので、
絶えずアイデンティティの危機をかかえている。
男性はナルシズムに逃げ込むことが許されていない。
若い女性はほぼ全員近くがナルシストだ。

女性は、若さが失われ、無条件に自分が価値あるとされる時期を過ぎると、
やっと自分の身体に目覚める。
若い時はいかに自分の身体を魅力的に見せるかにエネルギーを注いで、
身体そのものに気がつかない。

こうして若い女性はチヤホヤされるぶん、身体に鈍感になっているらしい。
でもまあ、それも仕方ない。
若さが過ぎれば評価されなくなると、わかっているから、
せめて今を楽しもうと若い女性は思いつめるわけだ。

私が思うのは、
男も女も外側の価値でなく、内的価値に目覚めないと、
つねにアイデンティティの危機を抱え、
承認欲求でがんじがらめになるだろう、ということだ。
男は経済力、女は容姿。
この価値観、どうにかならないものか。

以上、とりとめもなく。

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