01 2017

林にて

まるっきり他愛のない話。

私はよく「変性意識遊び」をする。
日常生活のなかで、気が向いた時に変性意識に入る。
電車の中とか、道を歩いている時とか、湯船の中とか。
とたんに世界がしんと静まり、時間が止まる。
これをやると何がいいかと言うと、気持が落ちついて生きることの不安が軽減する。
無条件の快楽みたいなものがある。
私はこれはスピノザ的な汎神論の世界だと思っている。
古代人の世界像に近づく行為だと。
存在すること生きることがエクスタシーになる。
(嗤う人はわらってください ははは)

うちの近所は、もと林だったのを宅地開拓したところで、林は多いのだけどみんな小さい。
散歩の時によく林の中にはいるけど、すぐに尽きてしまって道路に出ちゃうのでガッカリする。
それでも林のなかで風の音を聴くのが好き。
林の中で変性意識に入る。
世界が一変する。
のどかな緑が急に激しい生命になる。
植物の猛々しさに圧倒される。
そしてなぜか涙がでて仕方ない。
他のところで変性意識にはいっても、全然涙なんか出ないのに、
林のなかでは涙がボロボロ出る。
目をあけていられなくなる。立っているのがつらくなる。

どうしてなんだろうと思う。林の中だけって。
植物とりわけ木々の精霊の力なのかと思う。
とにかく濃い。強い。犯される感じか。
(ちなみにシューベルトの魔王ってこんな感じかと思う。
林の中の魔王の囁き。そして魔王の声を聞いた子どもは死ぬ)
怖いので、林の中では、すぐに変性意識遊びを止めちゃったりするんだよね。
だからあまり長時間やったことがない。

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